BGM
1月に同窓会があって。
結構100人規模の中学校の同窓会で、まー、みんな老けちゃって。
かなり風貌が違う人もいた。
なんでこんな記事を書いているかっていうのは。
私は全く変わらないというか、いいように年を取って行った感じで。
「かわんないねー」
と、まー言われて。
それで、話をすると自分で言うのもなんだけど、ぶっ飛んでたりするのが良かったりもする。
そこが今回のネタ。
みんな会うと別人のようになっているんだけど、かなり太ったり、そうとう老けたり、でも、中身はいい感じにとか、そのままとか。
私の場合逆で、見た目はそのままに、中身がぶっ飛んでて。
写真を見せたら「えっ?日芸行ったの?」とか、前日にパソコンで名刺作ってきたら「前日に作ってきたの?」とか、一番は行動とかかな、「ロシア今度行く」とか
なんか、同じ円卓を交わした人らに、かなり驚きのまなざしをもらったような。
私は「余裕余裕」とか言ってるけど、見た目が変わらず中身が前々とは想像できない程になっているのはそうそうできることではないので、良かったと思う。
私は小中はホント周りに迷惑をかけたおかしい部類に入っていたので、大学に入ったり、仮面浪人したりで人になった様な気がするし。
それが変化に富んでてうれしかった。
上の写真はこのブログの第一回目の写真。一番最初の写真。
大学に入りたての2004年の春。
これは本当にあの頃が青春という時の写真で。
かなり苦労したし、東京での大学生活と、「海がきこえる」のような気持ち。
毎日楽しかった。
しかも若い、何も知らない。
それがヤングなnowとサニーデイに出てきそうな。
今ではそんな気持ちないからなー。
学校帰り、毎日池袋、新宿、原宿に行った。
池袋は西武池袋線、新宿は都営大江戸線、原宿はJRだけど、いい青春したから、今もあると思うし。
だから、なんか刺激的な日常をとぶっ飛んでいるのかもしれない。
そんなに求めていないが、竜ヶ峰帝人っぽく言ってみたが、刺激は今も求めていないけど、なんか体はそうなってるような。
そこの環境下で育ったから、中学までは一緒だったけど、その後の過程が違うから。
それを同窓会の時かなり考えさせられた。
といっても、自分のクラスの人位としかしゃべってないが。
これが私の中三の時。
1998年か1999年か。
勉強ができなかったのよ。
効率が悪かった。
大学入学してからの写真の授業。ゼミ的なのですね。これは二年の。
2004年だね。
これがつい最近。
2015年1月16日。ウラジオストク駅前。
外見は変わらないけど、人は変わるもんだなー。
昔の自分に言いたい。
バカだけど、苦労もしたお陰で割と人間になってる。気にするな。
中学の時、県立落ちたけど、なんか田舎だから、高校までがその人の世界的なものがあるけど、日本規模、世界規模で見るとそんなの些細なことだし、私は短大、仮面浪人、大学に編入だから、その未だに地元だと、「あそこの高校じゃん、ばかじゃん」みたいなことを言われるけど、田舎だから、高校で全てが決まる。
私はそうは思わないし、そんなちっぽけな世界とも思わない。
田舎って言ってますが、検索されないように。と〇ぎ県はそんな感じなんですよ。
同窓会でそれが良かった。
あっとゆう間の成人からの10年では無くて、私はそれから大学生だったから、私は短く感じるが他の人はもっと短く感ずるんだろう。
外見は変わらないけど、中身は違う人で良かった。
同窓会の時そう思った。
しかし、「林くん、写真撮ろう」って言われたの、一人だけだし、長谷川さんという女の子から言われただけど、誰も私と一緒に写真を撮った人がいないのは寂しいし、私、同窓会の他の人の写真はあるけど、誰かと一緒に写ってる写真が一枚も無いのはホント残念で。
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